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編集長インタビュー
 
 
 
 
曹 雪峰 株式会社和楊徳信代表取締役
廃棄物を宝に変える
——北海道民の悩みを解決した華僑企業家
1/25/2021 1:49:20 PM  文/本誌編集長 蒋豊
 
 

もうすぐクリスマスという東京・銀座と六本木にはイルミネーションが飾られた。雪はまだ降っていないが、当編集部にトナカイならぬシカを操る客人がやって来た。その人は北海道から来た華僑企業家の曹雪峰氏である。シカを操るとは、まさに字の通りである。曹雪峰氏と彼が創業した株式会社和楊徳信は北海道でエゾシカの関連製品を開発しており、彼自身も世界的な「エゾシカ油化粧品の第一人者」として市場の注目を集めているのである。

困難を乗り越え実力を発揮

曹雪峰と夫人は残留孤児の子孫である。1995年、日本政府は「中国残留孤児援助法」を成立させたが、すでに家族と連絡がついていた義理の母は故郷日本に帰国していた。数年後、妻とともに日本に親戚訪問をしていた曹雪峰は、悩んだ結果、中国での安定した教師という職業を捨てて、家族のために日本で成長しようと決めた。

人生の新しい段階における初めての難関は語学の壁であり、第二の壁は身を落ち着ける方法を探すことであった。中国で積み重ねた仕事の経験は日本では使えない。彼はゼロからスタートし、日本語学校で学びながら室蘭高等技術専門学校で精密機械の加工製造を学び始めた。

高校での8年間の教師生活は、曹雪峰に優れた文字と文化に対する鋭敏な直感力をもたらした。来日してわずか7カ月で、日本語が全くできなかった曹雪峰は運転免許証を取得した。当時の中国はまだ自家用車は普及しておらず、何の基礎知識も持たなかった彼が、難しい日本の運転免許の試験に合格できたのは、粘り強く努力し続ける精神を持つおかげであろう。単語を一つ一つ辞書で調べ、試験の補習資料は細かい注釈で埋まった。のちに、彼のこの資料は後輩たちに大人気の「合格必勝虎の巻」となった。

苦労を厭わず、うまく総括し、よく考え、曹雪峰は分厚い技能証書を取得した。これによって彼は専門学校の中で頭角を現し、卒業前に原子力発電所の精密部品メーカーに就職が内定した。入社して半年後、曹雪峰が計測した部品の精度は数十年の経験を持つ日本人のベテラン社員を超えた。当初は中国人青年に懐疑的だった同僚たちも、心から彼に頭を垂れた。

日本での仕事と起業の中で感じる困難や、中日両国の民族の心理と生活習慣などのさまざまな違いについて語るとき、この元高校教師は以下のような例を挙げた。同じように未知の事物や心理を描写する場合、中国語では「暗」と書き、日本語では「闇」と書く。「闇」は日本人の考え方を意味しており、ドアを閉めるのである。俗な言い方をすれば、日本人の心には負けを認めない性格があり、ゲンコツで殴って勝ったとしても、尊敬を勝ち取れない。彼ら特有の考え方はやはりドアの中に閉じ込められている。創業しても、日本人従業員の雇用、管理ではやはり異文化の衝突に遭遇するのである。技術の上で日本の水準を超えることで、ようやく日本人の「心の扉」を開き、彼らの尊敬を勝ち取ることができるのだ。

廃棄物を宝に変え、地方を助ける

自然環境が素晴らしい北海道では、天敵が少ない野生のニホンジカが大量に繁殖している。シカは主客転倒して、自由に田畑と作物を荒らし回り、現地では「シカ害」が発生している。政府は毎年シカ群数の制御に力を入れている。中国の東北地方の森林地帯に育った曹雪峰は野生動物には慣れており、中国の故郷ではシカは国家一級保護動物に指定され、シカ肉を食べるどころか、その姿を見ることも難しいほどである。北海道のシカが増えすぎて政府が多額の支出をして捕獲しているのを見ると、心が痛んだと言う。

彼はシカの全身が宝であることを知っている。鹿茸、鹿皮、鹿血は言うまでもなく、廃棄物となっている鹿油も『唐本草』に記載されており、「主に皮膚病や傷に用い、温めて四肢不随に効き、顔に塗り皮膚のきめを整える」とされている。日本政府の「助成金」を申請して鹿肉と鹿皮の加工をしたり、始まったばかりの北海道への中国人旅行客誘致も、当時は高い収益を上げた。しかし、これらは曹雪峰の目標ではなく、彼の視線はさらに遠く、いかに北海道民が廃棄物を宝にするのをサポートできるのか、根本的に問題を解決できるのかという点に向けられていた。

2014年、すでに株式会社和楊徳信を創業し、中日機械貿易が順調に成長していた曹雪峰は、業務を北海道の鹿油製品の開発に転換することにした。しかし、彼の計画は「製品開発なんて、生粋の日本にかなうわけがない」と、会社の財務顧問にひっくり返された。

日本語学校のいるころから、すべてのことで同期の日本人を超えていた曹雪峰は、また自分をチャレンジに駆り立てた。まず、東京で化粧品製造工場を探し、北海道では消化しにくい鹿油をその生産ラインによって、スキンケア製品、石けん、ヘアケア製品などを製造した。生産ラインの責任者は東京理科大を卒業した青年で、曹雪峰は彼のしっかりした専門知識と筋道の明確なマネジメント方法が気に入った。

鹿油の融点は35.2度と人の体温に近く、また不飽和脂肪酸とビタミンEを豊富に含み、良好な触感、保湿効果と吸収度を持つ。曹雪峰が開発した鹿油製品は発売されると、すぐに好評を博し、東急百貨店など日本の有名店で販売されるようになり、さらに販路は中国大陸や台湾へと広がった。

信用第一で、ウィンウイン

製品の販売が順調になり、シンガポール市場へ進出しようという時のこと、曹雪峰は突然東京都の薬務課からの通知を受け取った。東京の製造工場が生産基準を満たしておらず、営業停止になったのである。何度も確認した生産能力は偽造したものだったのかと、晴天の霹靂に見舞われ、曹雪峰は数日間食事ものどを通らなかった。

曹雪峰はショックに耐えて、急いで代理店に委託して全ての顧客の元にある製品を回収した。意外なことに、多くの顧客が返品と同時に、製品の使用感が良いこと、激励の言葉や鹿油製品が再度販売されたら知らせてほしいなどと書かれた顧客カードも戻してきたのである。また、市場の検査部門の提出した報告書にも、曹雪峰のハイレベルで厳格な監督のもとで、この「生産基準不合格」の鹿油製品は、成分、効果ともに日本の市場の参入基準をはるかに上回っていることが示されていた。

その打撃を経験し、曹雪峰はやはり信用第一、品質で勝負した。2019年、彼は生産ラインを自社で管理し、鹿油製品の配合成分を新しくし、「エゾシカ油」ブランドを立ち上げた。100%天然成分のおかげで迅速に販路を広げ、また市場の主導権をとり、中国大陸、マカオ、香港、台湾、シンガポールなどで消費者の好評を得ている。

「企業誘致大使」として北海道を豊かに

「エゾシカ油」ブランドと株式会社和楊徳信は、中国と東南アジア各地で好調な業績をあげ、香港の明輝国際控股有限公司から注目された。世界のホテルアメニティー製造・卸業界の一角を占める明輝国際控股有限公司は業務用アメニティーグッズの開発と同時に、自主ブランドの開発も重要視しており、和楊徳信への投資を決定、「エゾシカ油」シリーズの製品を共同開発し、市場を開拓した。同社がすでに代理していたLANVIN、MOLTONBROWN、Divana、AQUASCUTAMなどの有名ブランドに、この北海道の現地ブランドも仲間入りしたのである。

曹雪峰の積極的な努力により、明輝国際控股有限公司は北海道に上陸し、現地で投資をおこなっている。曹雪峰はたびたび中国遼寧省、黒竜江省などの北海道視察団を受け入れ、日中経済と文化交流の発展を推進している。ゆえに、北海道の日本人の友人たちは、彼を「北海道企業誘致大使」と呼んでいる。

一貫して情を重んじ義を尊ぶ

曹雪峰が株式会社和楊徳信を設立したとき、社名を老子『道徳経』の中から、「信なる者は吾れこれを信じ、不信なる者も吾れまたこれを信じる。徳とは信である」からとった。創業以来、彼はすべての言動、行動においてこの初心を忘れていない。

多くの在日華人のビジネスマンと同様、曹雪峰の起業は、中日間の小さな貿易から始まった。経営する中で、日本のサプライヤーが期日通りの納品ができないというピンチに出合ったこともあるが、彼は自身で2000万円余りの差額の損失を引き受け、あちこちで仕入れ先を補い、中国国内の卸売代理店への商品供給を忠実に遵守した。このような誠実さと信任が、中国国内の提携パートナーに先を争って彼と契約を結ばせ、販売ルートはますます広がった。このことは、すぐに理解できた。なぜ曹雪峰が北海道の鹿油の代名詞と広告塔になれたのか、なぜ人々が鹿油というとすぐに彼を思い浮かべるのか。それは、彼の徳のあるビジネス、彼の人柄が製品の品質を最大に保証しているからである。

昔来日したばかりのとき、日々の生活が苦しく、1週間に1回しか家族の団欒ができなかった。今思い返すと、それは一番幸せな時間だった。自身の家族について話すとき、いかめしい顔つきの東北男子が優しい顔になる。曹雪峰は、起業から今まで勝ち取ったすべての成果は、妻の苦労と全力のサポートのおかげだと言う。曹雪峰と妻の縁は中学生時代にさかのぼる。二人は高校、大学を経て、同級生から友人へ、また友人から恋人、家族となった。起業の過程で、二人は共にリスクを背負い、難関を乗り越え、終始互いに励まし合い、支え合い、友人たちの言う「神様のような夫婦」の代名詞となったのである。

2020年、世界は新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われ、日本にも深刻な影響があった。曹雪峰の住む北海道は日本でも早い時期に感染爆発し、また感染が深刻な地域であった。曹雪峰は個人のリソースを使い、緊急に消毒・除菌物資を生産し、北海道江別市に防疫用品を寄付した。

曹雪峰はなぜ知名度が高く、同時に彼の会社がある札幌市に寄付しなかったのだろうか。それは、江別市が彼が来日して足を踏み入れた初めての地であり、彼の日本での成功はすべてこの地から始まったからである。また江別市は彼が徒手空拳から業界トップになるまでのスタート地点であり、彼がずっと気にかけている地でもあったのである。

取材後記

取材を終えると、曹雪峰は慌ただしく札幌へと帰っていった。北海道の天然資源を開発し、地方経済を振興させ、人々の生活を豊かにするという長期的事業を続けるためだ。日本人の心理を深く理解すると同時に、日本の同業者の尊敬を勝ち取り、地方自治体と社会、自然と市場とを共存共栄させる。彼の感動的なストーリーは、間違いなく私にとってクリスマスの最大の贈り物であった。

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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