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中国の先進技術と日本の匠の精神を結び付ける伝承者
鄭継飛 ソフトユージング代表取締役社長
12/26/2019 12:20:42 PM  文/本誌編集長 蒋豊
 
 


撮影/本誌記者 張桐

東京で5年という短期間で企業を急速に成長させ、従業員のために3棟のビルを建てた華人のIT企業の社長がいる。その興味深い経歴に注目し、晴れた冬の日の午後、大森海岸にソフトユージング社の代表取締役社長である鄭継飛氏を訪ねた。

不惑の年を過ぎたばかりの鄭継飛社長とは軽快に話を進めたが、その瞳の中のきらめく光を通して、在日華人企業が成長してきた壮大な青写真が目の前に次々に広がっていくようだった。

高効率の管理、利益の分配で
上場を目指す

席に着くやいなや、鄭継飛は意気軒高な様子で、今進めている株式上場計画を説明してくれた。現在、同社は先進技術チーム、強力な研究開発力と絶対的な特許技術を有しており、手厚い条件と大きな誠意によって業界の専門家とトップの金融会社を招聘し、評価と上場計画を作成しているところである。日本でも実力のある信用金庫が鄭継飛を訪ねてきて、株式購入を持ちかけたという。これも鄭継飛の自慢の一つだ。

株式の持ち合いは日本企業ではよく見られる運営方法である。企業は銀行などの金融機関と株式の持ち合いをすることにより、金融機関との関係を密にする一方、融資も実現できるため、健康で成熟した企業の運営方法となっている。しかし、積極的に華人企業に株式参入しようとする日本の金融機関はほとんどないのが現状だ。

株式上場計画、日本の金融機関の積極的参与……こうした情報が次々に出てきて驚かされたが、華人が異国に参入する場合、順風満帆に、簡単に成功できることは絶対にないのである。

しかし、鄭継飛は「留学生が学ぶのと起業の経験は同じようなもので、大した話はない」と謙遜する。そして、彼自身が体験した大きな2回の挫折を語り出した。一度目は2008年のリーマンショック、二度目は2011年の東日本大震災である。大震災は福島原発の放射能漏れを引き起こし、同社の従業員の8割は退職し、何も言わずに帰国した人も多かった。

会社が解散の危機に直面したことで、彼は日本企業で用いられる管理制度の弊害に気づき、その経験から教訓をくみ取り、完璧で高効率の管理制度を構築することを企業経営の最上位に置いた。また、人材の発掘、潜在力の開発、制度の健全化によって、持続可能な発展を実現させた。その一方で、従業員の利益を充実させて後顧の憂いを解決し、高効率の管理制度システムの実現を保証した。

モノより先ず人。鄭継飛は、人材育成の分野で、日本企業で採用している年功序列制度は改善する余地があると率直に言う。日本企業が従業員の忠誠心を重視することはよく知られている。もちろんどの国、どの企業でも従業員の忠誠心は提唱されているところである。しかし、物事には両面性があるものだ。日本企業が採用している年功序列制度は、経験豊富な従業員を会社に留める作用はあるものの、才能のある人材の成長を遅らせることもある。資質と勤続年数とを比べ、鄭継飛は従業員が会社のために創造する価値、もたらす利益を重視した。

ボトルネックを打破するため、彼は豊富な研修課程と多元的なキャリアプランを設定し、従業員に実行可能な奮闘目標を提供した。自身の要件に基づき、従業員は自由にキャリアを選択できる。技術路線を選んだ場合、会社は従業員が充電し続け、レベルアップし続けることを奨励し、持ち株方式によってハイレベルな生活の実現と人材の価値を高めている。管理のキャリアを選択した場合には、会社はマネジメント課程の養成を提供する。天地が広ければ人はさらに活躍できる。従業員の積極性と想像力を刺激するやり方だ。

それらの施策は大きな成果を生んでいる。資金の累積がゼロから1千万を突破し、人材もゼロから200人を突破し、鄭継飛は会社の将来に大きな自信を持っている。彼は成績の上に安穏とすることはない。続けていた人材派遣の業務から離れ、新しい業務を探した。「イノベーションがなければ死に等しく、イノベーションとは死を選ぶことだ」というジンクスに直面し、彼は勇猛果敢に、積極的に挑戦し、会社を率いて高品質のサービスと人材リソースから、イノベーション技術の掌握、革新的製品の研究開発まで、順調に構造転換を実現させた。

会社の成長のスタート期は人材が不足していたため、鄭継飛は一人で経営、財務、技術の数部門を管理した。会社は軌道に乗り、従業員が50人、100人と増えていった。彼は自身の限界を感じた後に、大胆に改革し、権力を独り占めすることなく、専門の人材にそれぞれの部署を任せた。会社の順調な拡大の影響で、大きな実力を持った後、彼はさらに株式上場によるブランドへの影響力、さらに大きな社会的価値の実現を考えた。次の段階では、段階的に株式を社員に分けていく計画である。「上場後は少なくとも従業員は家を買えるはずだ」と、鄭継飛は爽やかに約束した。


撮影/本誌記者 張桐

時代を把握し、核心を定め、
製品を作り出す

祖国の近年の発展に、鄭継飛は深い感慨を覚えている。当時、彼を刺激し、先進技術を学びに日本に留学することを促したのは、もともと持っている民族としての感情であり、現在も同じ気持ちから生まれる民族の誇りが彼をさらに揺り動かすのだ。彼は中国国内のIT技術の飛躍的な発展を見て、時代の潮流に順応し、祖国のイノベーションの発展の中に身を投じている。

鄭継飛は中国の検索エンジン大手のバイドゥに自動運転の技術サポートを提供する科学研究チームの一員として、国内のアリババ系科学技術企業と提携し、トヨタ自動車のAIoT自動運転システムのセキュリティプログラムを共同開発している。この技術が日本のトヨタ、ホンダなどの代表的な先端企業によって実現し、社会にお目見えする日も近い。鄭継飛は製品に対する極めて厳しい日本市場の要求に合格し、自社の開発製品がまず日本市場で取り上げられ、日本市場で繰り返し磨かれることで、品質を改善し、それから中国市場に出したいと願っている。「中国のIT技術+日本の匠の精神=ソフトユージングの製品」だとすると、このような製品は市場で勝ち残っていけるはずだ、と彼は自信を持って語っている。

「実際のところ、当時、私が借金をして日本に学びに来たのは日本の匠の精神だった」。鄭継飛は遼寧省の渤海湾に面したところにある普通の家庭に生まれた。両親は実直で勤勉な農民である。両親の学歴は高くなかったが、全力で息子の留学を応援した。大学卒業後、彼は優秀な成績で瀋陽の大企業に就職した。早々に独立して両親に楽をさせたいというのが、当時の願いだった。

1990年代のはじめごろ、近代化はまだ青写真の上の美しい目標に過ぎず、日中両国の間には数十年から百年ほどの成長の差があった。仕事の中で触れた日本から輸入された機械は精巧に設計され作られており、そのたびごとに彼は内心大きな衝撃を受けた。「見た目は細かく精巧なのに、強力な性能を持っている」。両国の差は大きく、当時の中国製造業のレベルからはとても想像がつかなかった。彼は深く心を動かされた。

未知の世界に対する尽きない探求心と優れた手本を見習う進取の志が、彼を安定した仕事と厚い待遇にとどまらせなかった。日本の技術とデザインはどうしてこんなに素晴らしいのか。どうしたら追いつけるのだろうか。そんな疑問が毎日彼の頭の中で湧き上がってきていた。

外国の技術を師とし外国を制す。150年以上前、この言葉が高杉晋作など幕末の志士たちを覚醒させ、明治維新という時代の変革を引き起こした。150年後、同様の声が鄭継飛の心の中で激しく繰り返されていた。海外に出て見てみよう、という思いが生まれると、彼はもうとどまってはいられなかった。仕事を始めて間もない彼には貯金もなく、借金をして海を渡ることにした。

「日本に渡って成功する」ところから、自身の核心的製品を作り出すまで、困難な道を歩み、アップダウンや迂回をしつつ、決してあきらめずに、ついに佳境にたどり着いた。鄭継飛は続けて、彼と彼の華人技術チームが日本のある大型ショッピングモールのために開発し、AI技術の結合したビッグデータとクラウドコンピューティングの一連のサービスについて語り始めた。そのシステムは顧客の顔情報を読み取り、ビッグデータの分析で正確に顧客の消費能力を決めるもので、これにより関連商品と情報を推薦し、顧客のショッピング体験を向上させるだけでなく、売り込みの正確性も向上させるものである。

同社はさらに、旅行アプリの中にデータクラウド技術を導入し、正確なデータ分析と日本式の人間本位のサービスとを結合させ、同時に集約的、高効率な管理を実現させた。分かりやすく言えば、ユーザーが予約したホテルに到着後、AIの認証技術で自動的にチェックインとチェックアウトの手続きができ、人員の節約と人件費の節約ができる。顧客のチェックイン後、水道や電気の使用量を正確に収集し、バックオフィスは対応する優遇措置を推薦し、プレゼント贈呈や宿泊費のディスカウントの方法で顧客に環境保護意識を持ってもらう。それにより、企業の省エネによる収益アップと持続可能な成長という環境政策とが連携でき、顧客は実利も得られ、互いにウィンウィンの効果がある。

今となっては髪に白いものが交じるようになった鄭継飛であるが、勇敢に前向きに努力する心はまったく老いてはいない。創業以来、彼はずっと一番長く会社にいる社員であり、つらくて忙しい運命だと自らを冗談めかしていうが、いわゆる運命は確実にその足跡を刻んでいるのである。

チャンスを提供し、人材を育て
ウィンウィンを実現する

大きな借金を背負って来日した青年の鄭継飛は、苦労も味わった。緊張して学びながら、いくつかのアルバイトを掛け持ちし、あまりのプレッシャーの大きさに彼は卒業をあきらめ、日本企業に就職した。その後、彼は自身の能力と人柄で、日本人社長の信頼と信任を得て、技術から市場へ、点から面へ、最終的には会社全体の運営を任されるに至った。回転が早く勤勉で、チャンスをつかむのに長けている彼は、彼を助けてくれた一人一人に感謝している。彼はチャンスとビジョンの重要性をよく理解しており、ゆえに先見の明の持ち主たるギリシャ神話の神・プロメテウスになりたいとも思っている。

ここ数年、忙しい仕事の合間に、彼は時間を作って上海や大連などで講義をしており、ケンブリッジ学院、大連外国語大学などで彼の経験、知識を伝えている。小さな火花がやがて広い野原を焼き尽くすように、彼の希望は自身の力によって、さらに多くの若者に外の世界を知ってもらい、彼らに選択のチャンスを与えたいと願っている。

会社の規模が大きくなるにつれ、ハイレベル人材のニーズは日々高まっている。鄭継飛は同時に日本の専門学校に中国での人材の発掘を委託しており、特に、チャンスが必要な中国中西部の大学の科学技術人材を重視している。

まず居を構え、それから楽しく働く。鄭継飛は川崎に3階建ての社員寮を建設し、社員たちの後顧の憂いを解決した。新入社員は単身寮に入り、ベテランになると、市場よりも安い家賃で賃貸する。ワンルームの単身寮の個人負担額はわずか2万円余りであり、不動産価格の高い東京では考えられない安さである。

鄭継飛の会社では日本語を無料で学べるというだけではない。経験豊富なベテランの日本の大学講師の講座もある。その課程には、JAVA 、C++言語などコンピューター関連の専門知識の研修も含まれており、さらに喫緊の課題であるITとIOT技術も学べる。教材はすべて自社開発、編集したものであり、実際の案件と結合した、非常に狙いがはっきりしたものだ。

研修を通して、若者たちは日本の企業文化と社会の状況を肌で感じ、理性的、客観的な人生の知見を得られ、キャリアプランの参考にできる。鄭継飛は完璧な人材育成システムによって、有為の若者たちのためにサクセスへのキャリアの階段を作り出しているのである。

取材後記

インタビュー終了後、大森海岸駅で電車を待っていた。目の前の堅固で頼りがいのある線路は、はるか遠くまで続いており、毎日、毎日、多くの人々の夢をつないでいる。人生という道の上で、夢を渡してくれる人に出会えたのなら、それは何よりも幸運なことであろう。

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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