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〈鼎談〉イノベーション成功の鍵とは何か
2019/06/07 15:26:04  文/本誌編集長 蒋豊
 
 

編集部ではこれまで日本人のノーベル賞受賞者や関係者を、大学などの関係機関に訪ね、受賞に至るまでのエピソードや受賞後の抱負を取材してきたが、今回はとくに研究環境をめぐって、研究者の立場から天野浩名古屋大学教授に、それを支える文科省の立場から鈴木寛元文部科学副大臣に、研究現場の現状と未来について語っていただいた。

天野 浩 名古屋大学教授、ノーベル物理学賞

鈴木 寛 東京大学/慶應義塾大学教授、元文部科学副大臣

蒋    豊 本誌編集長

 

ノーベル賞受賞の意義

—— 天野先生は2014年に世界初の青色LEDでノーベル物理学賞を受賞されました。この発明はエジソンの白熱電球と同様に、世界の照明にイノベーションをもたらしました。先生ご自身はノーベル賞受賞をどのように評価されていますか。

天野 よくモンゴルの例を出すのですが、モンゴルの遊牧民の方々は、基本的にゲルというテントを使って、季節ごとに場所を変えて生活しています。ただ、非常に厳しい状況で、特に夜が暗いので、遊牧生活を諦める若い人が多かったそうです。しかし、LED電球のおかげで、伝統文化を守る若い人が増えてきたということをお聞きして、非常に感激したことがあります。

それから先日、『ガイアの夜明け』というテレビ番組で、タンザニアの話を紹介していました。タンザニアでは、電化が進んでいない地域が非常に多い。そこで日本人の方が、太陽光パネルを設置して充電したLEDランタンを貸し出す事業をしていらっしゃるのです。タンザニアでは、ろうそくが1本15円だそうです。LEDランタンのレンタル料はちょっと高くて25円だそうですが、灯油ランプのコスト(1日約30円)より割安ということで、たくさんの人が使ってくださっているのを知り、感激しました。

—— 鈴木先生は文部科学省のお立場から見て、どのように評価なさいますか。

鈴木 今の話にもあったように、まさに人類の歴史を変えたわけで、エジソンの白熱電球の発明以来のことです。これはもちろん天野先生や赤﨑勇先生のご活躍の賜物ですが、それを可能にした名古屋大学という素晴らしい大学と、それをつくってきた先人たちの積み重ねがあると思います。特にこの物理の世界には、一代にしてならずというか、連綿とつながる師匠と弟子たちの(笑)、流れがあります。天野先生のお師匠さんだと、どうなりますか。

天野 私の直接のお師匠さんは赤﨑先生で、赤﨑先生のお師匠さんが有住徹弥先生です。その方が戦後初めて、名古屋大学に半導体の講座をつくられました。そこから連綿とつながっています。

大学の研究環境の変化

—— 今までインタビューしてきたノーベル賞を受賞なさった先生方は、一様に「環境に恵まれた」とおっしゃっていました。名古屋大学の研究環境についてはどう思われますか。

天野 有住先生が、名古屋大学で半導体の講座をつくられたときに方針とされたのは、「自主性に任せる」ということだったそうです。自分でやらないと何も進まない。その流れが赤﨑先生にも伝わって、私が学生のときにも、自分自身でいろんなことをする、自分自身で考えるというスタイルで研究室を運営されました。そのスタイルが私には合っていました。

実は、私は博士号を3年間で取れませんでした。3年の間に学術論文を書かなければいけなかったのですが、私はp型といって、LEDに必要な技術を何とか実現させようと、そればかりしていて、3年で修了できなかったのです。そんな私を助手にしていただいて、研究を続けることができたのは、赤﨑先生と名古屋大学の援助のおかげです。

—— 若者の研究力低下が指摘されていますが、一因として、大学の研究環境が挙げられています。鈴木先生はその点、どうお考えですか。

鈴木 天野先生が助手になられたのは、何年ぐらいですか。

天野 1989年です。

鈴木 その頃までは、国立大学に、若い人たちのポストがありました。1989年というのは、日本経済がバブル絶頂期で、これが1992年ぐらいから、崩壊します。そして、日本国政府でいえば、財政赤字がどんどん積み上がっていきます。もちろんわれわれは、未来への投資をしたいわけですが、研究予算、あるいは高等教育予算の伸びを抑えざるを得ない局面に入っていきます。そのことはすなわち、大学における、若い人たちに対するポストを十分に用意できないことや、さらに言えば、そういう財政赤字の中で、公務員の給料を上げるのがなかなか難しくなります。一方で、民間の企業はどんどん給料が上がっていきますから、優秀な学生が、修士までは行くけれど、なかなか博士に行ってくれないという悪循環がおこっています。これが、われわれの悩みの種です。

実験の失敗は苦にならない

—— 先日、濵口道成先生(JST理事長)にインタビューしたのですが、「天野先生は25歳のときに、1500回も失敗している」ということをおっしゃっていました。先生はその「失敗」の意義をどうとらえていらっしゃいますか。

天野 学生は単純ですから、自分が興味のあることは全然苦にならない。何回も何回も実験をして、ねらったとおりにいくことはほとんどないわけですが(笑)、私はそれが面白くて、失敗とは思わずにいました。ですから、気持ちがめげてしまうことは全くなかったのです。

もう1つ、これはあまり話していないのですが――というのは、赤﨑先生に「話すな」と言われているので……(笑)。先生は、私が結晶をつくると、「どんなのか、見せてみろ」と言うからお見せするのですが、私のつくった結晶は白い汚いものばかりだったのです。「君のつくる結晶は、いつもすりガラスみたいだね」と言われ、それが悔しくて、悔しくて、何とか見返してやろうと思って頑張ったというのも実はあります(笑)。

—— 鈴木先生は、このようなエピソードをどうとらえていますか。

鈴木 1つのことをコツコツやっていることに対して、周りが大らかに見守るということが非常に重要だと思います。20世紀の日本は、そういう大らかに見守る環境、雰囲気が、社会全体にありました。「象牙の塔」という言葉には良い意味と悪い意味の両方がありますが、研究者が、そこに籠って一生懸命、何かよく分からないけど、真理を探究して頑張っている。それを、20世紀の日本社会は大らかに、市井の人たちが見守ってくださった。それが21世紀に入って、全体的に経済的にも苦しくなってきて、何をやっているのか分からないことに対しての大らかさがなくなってきました。

中国人留学生の今後について

—— 天野先生の研究室では、多くの中国人留学生を輩出したと聞きますが。

天野 私が名古屋大学に移ったのが2010年ですが、その頃から中国人留学生が増えてきて、今は留学生といったら中国からというくらい、非常に多いです。中国の皆さんは、勉強はよくできます。ハングリー精神は、日本の学生よりもずっと強いです。ただ、実験をあまり経験されていない方が多いので、最初は結構失敗しますね(笑)。

—— 鈴木先生は、日本における中国人留学生の今後についてどのようにお考えですか。

鈴木 私も、東大や慶應で中国人留学生に囲まれて毎日を過ごしています。中国人留学生の印象は、天野先生と同様、非常に熱心に勉強するのですが、「自由に考えてごらん」というと、少しとまどった顔をします。自由に考えるのが苦手なようです。私がお題を出せば、それに対する答えは素晴らしいです。だけどテーマ自体を自由にと言うと、すごく混乱した顔をします。

それからもう1つ、私のところは文科系、理科系、それからいろいろな国の人たちが、チームでグループワークをやりますが、これが苦手な人が多いです。得意な人もいなくはありませんが、個としては優秀なのに、チームワークで何かするとなると、うまくできない人が多いのです。

実験というお話がありましたが、実験は1人ではやりません。少なくとも4、5人のチームでやります。そしてその実験で大体失敗する(笑)。だけど、その「なかなかうまくいかない」というプロセスを体感し、最後にやっとうまくいったときの喜びを中学、高校のときから経験することが大事です。

中国人のノーベル賞受賞について

—— 天野先生は、この先の中国人のノーベル賞受賞についてどう見ていますか。

天野 当然出てくると思います。ただ、受賞というのはあくまで結果であって、実際に重要なのは、何を目指すかということです。中国は13億人の方がいますから、その人たちが幸せになるということをまず考えないといけません。また、中国は、すでに世界のリーダーですから、これからどのように世界を引っ張っていくかということを、ぜひ示していただきたいです。そうした形で世界を見ながらやっていけば、いろんな賞というのは、自然に後からついてくると思います。

—— 鈴木先生はどうお考えですか。

鈴木 日本人が欧米に行って欧米の研究環境の中で業績をおさめて、ノーベル賞を受賞するというケースと、それから天野先生のように、主として日本の研究環境で、例えば名古屋の大学や地域の企業の皆さんと一緒にノーベル賞をとっていくケースとがあります。この日本で、日本人もとるかもしれないし、留学生がとるかもしれないしという環境をつくるのが、私たちがこれまで頑張ってきた仕事です。これからもさらに進めていきたいところです。

その観点からいうと、中国人で、欧米日など海外で研究された方がノーベル賞をとる日は近いと思います。それはそれでもちろん素晴らしいことです。ですが、やはり中国の社会、あるいは国家として頑張っていただきたいのは、中国の研究環境から、中国人も、あるいはそこに来ている他の国の人々も、人類に貢献するようないろいろな発見や発明が出てくるということに尽力していただくことです。

中国のイノベーション

—— 中国から習近平国家主席が6月に訪日予定です。習主席は就任以来「イノベーション」という言葉を何度も強調しています。それを、どのように評価しますか。

鈴木 中国の場合は、トップが政策を決めると、日本などと違って本当に「動く」んですね(笑)。いろいろな社会資源の集中投資が行われるので、これは本当に動くと思います。

そのときに大事なことは、「自由自在」ということと、もう1つは「オープンイノベーション」です。これは、企業が企業の中に閉じこもって、企業だけで研究するのではなくて、大学はもちろん、ライバル企業を含めて、いろんな人たちと広く協力しながらイノベーションをやっていくというコンセプトです。

イノベーションというのは、シュンペーターが言っているように、異なるものの新しい結合です。それには、多様性が重要で、中国の文化を持った人以外の人たちに対しても開かれて、異なるものを受け入れたり、あるいは、異なるところに送り出したりする中で、多様性に対する包容と、そしてその多様な人に対する自由というものをどれだけ与えていくかということが、イノベーション成功の鍵です。

—— 天野先生は、習主席のイノベーションについて、どのように評価しますか。

天野 まず、われわれ大学の研究者ができるのは、インベンション(invention 発明)までです。イノベーションにつなごうとするのは、やはりそこがないと社会を変えられないからです。シーズ(種)だけでは駄目です。実際に、皆さんに使っていただかないと、どうしようもありません。ですから、ぜひこれは進めていただきたいです。

その中で、1つ共通のテーマにすると良いと思うのが、ゼロエミッション(zero emission)です。われわれは、CO2を含めて、環境不適合物質を出さないような仕組みをつくっていくことを考えています。そうした共通の目標というか、皆さんが納得するような看板を掲げてやっていただければ、これから非常に素晴らしい未来が待っているのではないかと思います。

—— 習主席の来日に何か期待することはありますか。

鈴木 日中関係は、これまで、非常に濃密にうまくいっていた時期と、必ずしもそうでない時期がありました。しかし、日中が一緒に協力しているときは、世界も平和に発展しています。そういう意味でも極めて重要な訪日だと思いますし、われわれも、これをそういう意義あるものにして、次の世代に渡していきたいと思っています。■

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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