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石田 隆至 明治学院大学国際平和研究所・大連理工大学日本学研究所 研究員
今こそ思い起こしたい「理念の力」
——日中平和友好条約40周年の終わりにあたって
2019/01/11 13:22:42  
 
 

中国大連の大学生たちと東アジアの国際関係を検討するなかで、こんな疑問が出された。「中日平和友好条約40周年という節目の年に、7年ぶりに首脳会談が行われたが、それにはどんな意義があったのか、調べてもよく分からなかった」と。1990年代後半に生まれた学生たちにとって、両国の政治外交関係は対立局面にあるという印象が強い。条約が結ばれた70年代から90年代初期にかけて中日関係が良好だったと言われてもピンと来ないのは、その想像力のせいではない。他方で、幼い頃から日本のアニメやドラマに親しんでおり、文化の面では日本に対する印象はきわめて良好だ。そんな彼らにとって、40年前は良好だった関係がなぜ悪化し、いつまでこの状況が続くのかは、理解し難い現実なのである。これまでの40年を踏まえて、これからどうなっていくのか。この難題を考えるために、見落とされがちな点を共有しておきたい。それは、2つの「にもかかわらず」でしか表現できないという点で屈折してはいるが、いくらか希望を感じさせる事実である。

一つには、現在の政治的緊張は、1945年までの侵略戦争や冷戦期の封じ込め戦略とそれへの抗戦や対抗という「拮抗」関係の果てに、存在しているわけではないということだ。むしろ、70年代以降のわずかな期間を除いて戦後の両国関係は緊張が基調であり続けたにもかかわらず、新中国は日本に対して一貫して友好を重視する政策を採ってきたのだ。1950年代の残留日本人の引揚や日本人戦犯の寛大処理、60年代の「友好貿易」、70年代の国交回復時の賠償放棄、80年代の残留孤児の帰国支援、そして、90年代の遺棄化学兵器の処理などなどを挙げれば十分だろう。

ところが、歴史問題を背景にもつ領土問題が懸案化した2010年代に、日中関係は戦後もっとも険悪な状況を迎えたとされる。対日友好路線の限界とも捉えられかねない局面であったにもかかわらず、中国が打ち出したのは、「人類運命共同体」という平和理念平和政策だった。日本を含めた各国と良好な関係を構築するという壮大な目標を掲げたのである。

日本では、こうした理念性の強い目標を額面通り受け止めず、戦略的な思惑として懐疑的に捉えようとする発想が根強い。ただ、上に見たように、利害が複雑に入り組んだ東アジア情勢にあって、対日関係の困難を「理念の力」で突破しようとしてきた中国の努力の事実を踏まえれば、その延長上にある姿勢として捉えることができるだろう。

いやむしろ、「理念の力」こそ現在の日中関係に、また日本社会にとって必要なものではないかと感じる。筆者は、1950年代の戦犯寛大政策で釈放された帰国戦犯への聴き取り調査を重ねてきた。この秋も島根県に赴き、玉木文治さん(元陸軍伍長、98歳)や、故藤原恒男さん(元陸軍兵長)の妻時子さんらを再訪した。これまでも、戦争体験や戦犯としての日々、さらに帰国後の生活などについて希有な経験を伺ってきた。戦犯が、拘留中に経験した「学習」や「自己批判」運動を通して、明確な加害認識を持つに至ったことはある程度知られている。しかもそれが一過性のものではなく、晩年まで変わらないほど決定的な認識の変化だったことは、玉木さんはじめ多くの元戦犯や関係者の語りから直接確認できた。

もちろん、他の戦争経験者の中にも、反省や悔悟を口にする人がいないわけではない。玉木さんらの特徴は、戦争の悲惨を繰り返さないという一般論として展開するのではなく、自身がいかなる加害行為に手を染めたのかという事実に基軸を置く点である。自身の加害行為の結果として生じた被害の深淵に思いを巡らし、その罪に向き合う生き方を自問し続けてきた。それは誰しも避けたいと思うほど大きな痛みを伴うものである。

現実に日本社会は過去の罪に主体的に向き合うことができないままでいる中で、元戦犯たちが一定の反省に辿りついたのはなぜなのか、という疑問が浮かぶだろう。これには、元戦犯が収容された時期に関する、玉木さんらの語りを踏まえる必要がある。端的にいえば、6年間という長い期間に、自発的に罪に向き合えるようになるための環境整備が行われていたことが大きい。具体的には、食事や監房の環境、看守の態度などがきわめて人道的で配慮の行き届いたものであったこと、戦争の侵略性を認識するための学習教材の提供、戦争中の行為を振り返って書き出すという自己反省運動、その反省を戦犯同士で互いに批判し合い、到達した加害認識をもとにした文化表現活動などが挙げられる。単に戦争犯罪人を処罰するだけなら全く不要なことばかりである。こうしたプロセスさえ、「洗脳」や「取引き」とみなす論調が日本では支配的だが、ここには、戦犯であっても罪を認めれば更生することは可能だという理想主義の時代の信念が裏打ちされている。人間を戦争勝利のための道具として扱う教育や組織しか経験してこなかった戦犯にとって、この理念的な処遇の意図は長い期間にわたって理解できないほどだった。

判決段階においては、認罪したとはいえその罪行を考えれば厳罰を免れがたい者が大半だったなかで、殆ど「起訴免除」として釈放された。これは「不起訴」とは異なり、有罪だが罰しないという「開かれた裁き」である。罪を忘れることも、否定することも、向き合い続けることも、いずれも可能だが、選択はすべて戦犯自身に委ねるものだった。実際に、帰国後の彼らの歩みはこの3種に分かれ、約半数が平和活動に従事する後半生を送った。人間の可塑性を信じる「理念の力」が、その後の生涯を決定付けるインパクトを与えたのである。

そして、帰国後は、元戦犯自身が、社会の無理解や差別、公安警察や右翼からの長年の攻撃にもかかわらず、「理念の力」が彼らを変え、それが日中友好の確かな礎となりうることを証明しようと努力を続けたのである。彼らの残した証言や回想録は、加害認識の希薄な日本社会にあって、平和活動や歴史研究の貴重な拠り所として今も参照され続けている。

「人類運命共同体」構想は、力や利害関係が幅を利かせて不安定化する現在の世界において、にもかかわらず、他者への信頼を先行させることによって時代を切り拓こうとする「理念の力」の現代的表現である。

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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