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在日華僑女流画家・里燕の「思考」作品展(北京)
2018/08/24 12:36:22  文/本誌編集長 蒋豊
 
 

北京、展示、討論

猛暑の7月28日、著名な在日華僑の画家里燕の絵画作品展『里燕の思考』展が北京の中国国際美術館で幕を開けた。今回の絵画展は20作以上の新しい手法の水墨画作品が展示されているだけでなく、里燕の海外のコンセプトと技法についてのシンポジウムも開かれた。それぞれの水墨画は色彩と墨の淡い優美さに溢れている。シンポジウムでは、伝統と現代絵画の水墨の心情の優れた点について討論された。

私もよく知っている里燕は1953年に北京に生まれ、20歳の時に現代の著名な画家であり、書家である趙不仁に弟子入りした。1988年に日本に移住し、現在はフェリス女学院大学で水墨画を教えるだけでなく、上海電影芸術大学の客員教授も務め、同時に国際水墨芸術促進会の常務理事、日本国際文学芸術家連盟理事、中国華聯国際文化交流促進会理事、日本華僑華人文学芸術界連合会副主席などの役職も兼任している。

また、里燕の夫である趙龍光も画家である。かつて、この画家夫婦について「夫は墨を金のごとく用い、画風は謹厳、冷静優美で名を知られ、妻は筆遣いに思いを傾け、その境地が深遠、手法が大胆であることで称賛されている」と評した人がいる。彼らの作品を多く見てきたが、最も印象に残っているのは「里燕の絵画には仏が宿り、趙龍光の作品には仙人の風格がある」ということだ。

 

文化、衝突、融合

展覧会場を歩くと、里燕による『和-和』シリーズ、『神-神山』シリーズ、『梅』シリーズ、『古蘭』シリーズ、『太古』シリーズの作品が次々に目に入ってくる。

里燕によると、今日、日本が大和民族による国家であり、「和」は厳かな日本の「(精神の)核」であることは知られているが、その「和」はもともと中華の「和」から来たものだということは知られていない。紀元604年、聖徳太子が「十七条憲法」を制定し、「和を以て貴しとなす」を最初の条文とした。つまり、中国の儒家文化の「和」を取り入れたのである。里燕は、『和-和』シリーズの作品の中でこのような歴史文化の展開を表現している。

『神-神山』シリーズで、西洋では神が人間を創造したと信じられており、東洋では人間が神を造ったとされ、ともに信仰上の工夫だと里燕は言う。東洋、もっと具体的に言えば東アジアでは、造り出した神もすべて自然に回帰する、つまり神山の中で「神気」をあまねく満たした後に改めて山を下りる。そのように、里燕の絵筆のもとで大自然はつながり、逆らえない神気の力がますます明らかだ。作品を鑑賞すると精神が奮い起こされる。

梅といえば、古来より日中両国の文人たちに愛されてきた。梅と竹と松は日本人に「松竹梅」と呼ばれており、今日でも日本人が最も愛する日本酒のブランドは「松竹梅」である。中国では、人々は「梅花は満天の雪を好む」という自然の情景を愛し、さらに「泥にまみれるまで零落しても、なお香りが残る」という「梅の精神」を敬っている。『梅』シリーズの作品の中から、里燕の筆による「梅」とは中国や日本の純粋な梅ではなく、日本の梅の花の中に中国の梅の花の姿が揺らめいており、中国の梅の花の中に日本の梅の花の輝きがきらめいていることが見て取れる。このような「融梅」の背後に、中華民族と大和民族の共通の文化精神の帰結点がある。

『古蘭』シリーズでは、はるかなシルクロードが連想される。里燕は、作品からそのような連想をすることは間違っていないことがわかると言う。彼女の描く蓮の花は「青空につながる蓮の葉は無限の碧色」というものではなく、一本一本の緑色が映えている。その色彩はネパール大仏の影響を受けているらしく、里燕が日本の蓮の花画家の影響を受けているのかはわからないが、彼女の絵筆のもとで蓮の花は旺盛な生命力を持ち、花の言葉を低くつぶやいているように感じられる。千年前のシルクロードは今盛んに言われる「一帯一路」を誘引しているが、蓮の花の生命力と無関係ではない。あるいは、蓮の生命力は里燕の作品の蓮は一つの現象、一つのシンボルにすぎず、「泥から生まれても染まらず」という潔癖な気風こそが内在する探求だともいえる。

里燕の『太古』シリーズの前に立つと、高くそそり立つ峰々、天を仰ぎ発せられる天に問う声、露出する大地を俯瞰した太古の悠揚が感じられる。里燕との長年の付き合いから、仏画は彼女の十八番であるが、山の絵は切り札だとわかった。彼女の描く山は、峰と靄が重なり合い連綿と続き、峻厳な山がのしかかるような雄大な気概だけではなく、一歩一歩視野から遠ざかっていくような時代の変遷も感じ取れる。

 

画法、画風、画骨

里燕の画法について、現代中国美術理論学者である中央美術学院の邵大箴教授は、「彼女の創作は伝統水墨画に根ざしているが、同時に日本画と西洋の現代絵画のコンセプトと技巧も取り入れており、現代日本の粗い天然顔料と西洋の抽象画の技法を融合させ、画面の色彩ときめ細かさの効果が豊富で、微妙な変化があるが、統一感は失われていない」と評した。

彼女の画風について、中国美術館の範迪安元館長は「日本に住んでいる日々は、中国国内の画壇のような条件は整っていないが、彼女はひたすら水墨画芸術を探求し、芸術交流、教育の中で水墨画芸術に対する理解を深めた。言語を基礎として、彼女は日本の現代絵画を含む西洋現代絵画に対して見る目を磨き、画面の構成、平面性、材料のきめなどに対して言語の要素でチャレンジしただけでなく、色彩言語と水墨言語の関係を特に探求した。よって、彼女の絵は境地の発生をめぐって大胆に色彩を使い、色調を形成し、色と墨の融合によって自身の道に歩を進めたのである」と述べている。

さらに素晴らしいと感じるのは里燕の「画骨」---作品に現れている画家としての気概である。彼女が異国に身を置いている背景に注目する人は多く、彼女が30年近く成長した歳月を見つめる人もいるが、これらはみなイーゼルの引っ越しや変換など外面にすぎない。

里燕自身は創作について、「海外で生活し、異国の文化芸術に触れて中国画以外の材料に対する大きな興味が生まれました。どのように画面の重厚さと豊かなきめ細かさを作るか、私は長い間考えてきました。同時に、いかに巧妙に伝統水墨画と材料とを結び付けて絵画の立体感と現代的息づかいという視覚的効果を追求するかについて、深い探索をしました」と語る。

これらを創作の過程でたえず感じたとすれば、「私が歩いたのは決して平坦とはいえない道です。自分自身に挑戦し、自分を苦しめることが私の個性のなせるわざなのです」という里燕の言葉を聞いて欲しい。「自分自身に挑戦し、自分を苦しめる」、これが里燕の画骨…絵に対する気概なのである。

里燕作品展のシリーズをざっと見てきたが、この作品展のテーマ「里燕の思考」に戻ろう。これはいったいどんな意味なのか。彼女の答えはこうだ。「長年の画作の経験は、私に『思考』の習慣を養いました。失敗して思考し、成功後も思考します。思考の中で経験と教訓を総括します。それぞれの作品の創作過程における思考の苦悩、思考の興奮、思考の躍動はみな喜びです。作品が完成するたびにもたらされる幸福感はとても言葉では言い表せません。創作過程は人生最大の喜びです」。

里燕の作品は、そのような思考によって日々深まっていくのである。

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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