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奥薩卓瑪 一般社団法人中国旗袍日本総会会長
日本でチャイナドレス文化を広める女性
2017/10/23 18:16:48  文/本誌記者 蒋豊
 
 

当世中国文学の「怪才」と呼ばれる馮唐は言った。「私は生まれながらに自分が為すべきことを解っている人を羨ましく思う。彼らは生まれながらにはっきりとした特質をもっていたのかもしれない。腕っぷしが強く心静かな者が荊軻となり、顔立ちが優美で乳房が豊満な者が蘇小小となった。或いは純粋な目的をもって、詹天佑は鉄道を敷くために生まれ、孫中山は革命のために生まれた」と。自惚れにも聞こえて、私は馮唐の言には懐疑的であるが、認めざるを得ない。この世に生を受けた者は誰人も、自己の使命を探し求め担っているであろう。使命とは生計を立てるためのものではなく、見返りを求めず自ら願って差し出し、闘うことである。中国旗袍日本総会の奥薩卓瑪会長こそその人であろう。彼女は自らの使命を明確に知っていた。それは、チャイナドレスを日本、そして世界中に広めることである。


撮影/本誌記者 張桐

チャイナドレスとの出逢い

奥薩卓瑪とチャイナドレスの出逢いは遅かった。2013年末、上海に居た彼女は中国外交部から北京で行われる駐中国大使夫人の文化活動に招待を受けた。大使夫人はみな民族衣装を着て参加することを知り、「何を着て行けばよいのだろう?」と戸惑ってしまった。

ほどなくして、奥薩卓瑪の姿は上海錦江飯店近くの「旗袍一条街」にあった。時空を超えて、風に揺らめく多彩なデザインのチャイナドレスに、彼女の心は揺さぶられ、「このチャイナドレスさえ身に纏えば、どこへ行っても美しくて立派な中国人に見えるだろうな」とつぶやいた。そして、迷うことなく黒のビロードに金銀の絹糸で鳳凰の刺繍が施されたエレガントなチャイナドレスを選んだ。

ある女流作家は「衣服は一つの言語である。台本を身に着けているようなもの」と言った。チャイナドレス姿の奥薩卓瑪が北京の各国大使夫人の集いに現れると、まるで美しい風景のように会場内の異なる色の目を釘付けにした。夫人たちは、彼女のチャイナドレスを見て、国際都市上海の光と影、浮世の夢をすべて身に纏って来たようだと口々に称賛した。

チャイナドレスとの深い縁

奥薩卓瑪とチャイナドレスの縁は深い。チャイナドレスを着て北京から上海の自宅に戻って来ると、母親は娘をしばし見つめて、静かに語り始めた。「あなたのお婆さんも生涯チャイナドレスを着ていたんだよ。お婆さんはね……」。

奥薩卓瑪の母方の祖母は浙江省寧波の人で、当時、上海の愚園路にあった小さな洋館に住み、その後アメリカに渡った後、香港に定住した。この海外生活が影響し、文革時代、上海化工学院で高分子化学を教えていた母親は辛酸を嘗め、3歳の奥薩卓瑪もともに批判を浴びることになった。幼い女の子は脅されていつも泣いておもらしした。母親は娘を守るため親戚に預け、その後、娘は衣食に事欠くことはなかったが、これまで彼女に家族の歴史を語ることはなかった。

祖母にそっくりの娘のチャイナドレス姿を目にした母は、今こそ娘の生命のパスワードを開く時だとはっきりと意識した。チャイナドレスこそがその鍵となった。

母はさらに奥薩卓瑪に告げた。曽祖父は宮廷医師で李鴻章が隠居した際、ともに上海に赴き、李鴻章は上海に江南機器製造総局(江南造船の前身)を設立し、曽祖父は天原化工を設立したのだと。

歴史には疎い奥薩卓瑪であったが、母親の話を聞いて李鴻章の孫娘の張愛玲を思い起こした。張愛玲もまた“チャイナドレス狂”であったからだ。張愛玲とチャイナドレスの関係は論じるまでもない。「生命はシラミに覆われた華美なチャイナドレスのようなもの」と語った彼女の言葉が、チャイナドレスと人生の悲喜劇を十分に物語っている。

奥薩卓瑪は、母親が屋根裏部屋のクスノキの長持ちから取り出してきた祖母が遺したチャイナドレスを目にすると胸が高鳴った。母親は「これは百年ものだよ。気に入ったならあなたにあげるよ」と言った。激動の歳月を生き残ったチャイナドレスを指でそっと撫でると、ひんやりとしたシルクサテンと精緻な細工とともに自身の使命を感じた。

チャイナドレスを世界へ

奧薩卓瑪は上海交通大学の動力機械学科を優秀な成績で卒業した。優れた人格を有し、卒業後、同校の講師になった。1988年、留学ブームの影響を受け、奧薩卓瑪も一度外の世界を体験してみたいと思った。当時、アメリカを含めて様々留学先を検討した結果、「日本には中国唐代、宋代の文化の真髄が残っているから」と、日本が一番相応しい国だと思い日本留学を決意した。

奧薩卓瑪の留学は順調に進み、わずか一カ月でビザがおりた。二年間の日本語学校を卒業後、願い通りに九州大学に進学し、奨学金も得た。卒業後、才色兼備の彼女は日本の著名な大手企業である東武鉄道グループの子会社に就職し、その後、CFO(最高財務責任者)に昇進した。

もしチャイナドレスと出会わなかったら、奧薩卓瑪に新たな人生はなく、会社で順調に昇進したであろう。しかし、自らの使命を感じた彼女は仕事を辞めた。一年間の準備期間を経て、2014年12月27日、民間非営利団体「一般社団法人 中国旗袍日本総会」(旗袍=チャイナドレス)を発足し、自ら会長に就いた。奧薩卓瑪は身近なところから仲間を増やすことを始め、わずか数カ月間で、会員数は当初の20人から200人に増えた。会員は皆チャイナドレスを愛する人たちで、普段は仕事を持ち、多くは成功を収めていた。会員の中には女性企業家、医師、弁護士もいれば、モデル、会社役員、歌手、バレリーナもいた。彼女たちはチャイナドレスを通じて、中国女性の伝統美だけでなく、さらには新時代における在日華人女性の自信と美を表現した。

2015年4月29日、200名の中国旗袍日本総会の会員が「茉莉花」、「夜来香」、「時の流れに身を任せ」の伴奏に乗って、埼玉県川口市の駅前広場で軽やかに舞った。彼女たちが自ら創作し、チャイナドレス姿で中国女性の経てきた歳月や在日華人の深遠な美を演じ、日本の民衆に優雅で多彩な中国の服飾文化を披露した。

2015年5月16日、中国旗袍日本総会は各国のチャイナドレス愛好者とともに、世界で20万人の女性が同時にチャイナドレスを身に着ける催しに参加し、女性20万名が同一時刻に同じチャイナドレスを身に着け、同じ楽曲のもと、ギネスブック世界記録に挑戦した。地球規模の美しく優雅なチャイナドレスの嵐が吹いたと称賛の声も上がった。

2015年10月16日、中国旗袍会は江蘇省呉江市人民政府の招きを受けて、「旗袍中国美麗世界」をテーマとした2015年中国旗袍団体大会に参加した。これには、中国全土30の省自治区及び日本、マレーシア、オーストラリア等の52の代表団から3000余名のチャイナドレス愛好者が集った。奥薩卓瑪が率いる発足一年足らずの中国旗袍日本総会は、15種目で競われる大会で、一気に「最優秀風格賞」を受賞した。

主催者側はさらに、世界中から旗袍会の会長の代表480名を招き、今後の発展について協議した。奥薩卓瑪は優秀な会長三名の一人として登壇し発言した。

チャイナドレスの概念を覆す

日本でチャイナドレスを普及発展させるため、彼女は地価の高い東京に クラブハウスを借り、会員たちがキャットウォークや歌唱ダンスの練習ができるように大きな鏡を設置した。そして、会員たちを指揮して週6時間以上の練習、三カ月に一度の小イベント、半年に一度の中イベント、一年に一度の大型イベントを続けた。2016年2月7日の大晦日の夜、奥薩卓瑪はドバイで第一回世界華人チャイナドレス春節聯歓晩会を企画開催し、12のプログラムを演じ、それは砂漠のオアシスさながらの美しさであった。

2017年1月、公益社団法人服飾文化研究会の責任者から奥薩卓瑪に協力の申し入れがあった。服飾文化研究会は日本の和服文化を伝承し、伝統技術を現代に生かし、日本固有の服飾文化への理解を促進し、着付け師を育成する目的で設立された。会の責任者は奥薩卓瑪に告げた。

「これまで、チャイナドレスの普及を目的とする組織を多く見てきましたが、ほとんどが食事や演芸の席に止まっていて、真に中国のチャイナドレス文化を理解し、その発展の変遷を知り、生地や細工までも淀みなく語れる人は初めてです。皆さんの活動に無償で衣服を提供したいと思います」。

海外で生活する中国人は、我が祖国と民族の服飾文化を心から愛することによって、その国の尊敬を勝ち取ることができるのである。

中国のファッション愛好家で、日本の女性デザイナーコシノジュンコの名前を知らない者はいないだろう。世界の女性デザイナーの中で、ココシャネルやヴィヴィアンウエストウッドらと名を連ね、上海万博ではイメージ大使を務め、国土交通省から「VISIT JAPAN大使」に任命されている。

1985年5月15日、コシノジュンコ氏は中国で初めてのファッションショーを北京飯店で行い、その後の中国のファッション業界に啓発的役割を果たした。

このほど、コシノジュンコ氏から奥薩卓瑪に中国旗袍日本総会のチャイナドレスをデザインしたいとの働きかけがあった。魯迅先生の『且介亭雑文集』には、「民族的なものこそ世界的なものたりうる」とある。

自国の文化を大事にし、その独自性を守ってはじめて世界が認め、その個性を輝かせ発揚することができる。コシノ氏は正に、奥薩卓瑪が一女性として民間人として、チャイナドレスを国際舞台に知らしめたことを評価したのである。

それは、国際的に著名な女性デザイナーであるコシノ氏も予想だにしなかった、誰かがそれをやるとは思わなかったことであった。ところが、奥薩卓瑪はそれを成し遂げてしまった。それ故、コシノ氏は彼女に敬服し、彼女と彼女の団体のためにチャイナドレスをデザインできることを栄誉としたのである。

奥薩卓瑪は興奮気味に記者に語った。「私が様々な活動をしてきたのは、一つの概念を覆したかったからです。チャイナドレスはホテルの女性従業員のユニフォームでも、中華レストランのウェイトレスの作業服でもない。それは優美な『中国の名刺』なのです。我々はその名刺を差し出す思いで舞台の上を歩く。これは私が追求している一つの原点です」。

満開の花に蝶は集う。自身が一流であれば自ずと一流がやって来る。奥薩卓瑪が身をもって得た知見である。それは海外に住む華僑華人にとっても大事な知見であろう。

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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