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中日友好のために一緒にアニメをつくりたい
植田益朗 元SME常勤顧問、現アニメプロデューサー
2017/08/07 16:56:24  文/蒋豊
 
 

植田益朗氏は『機動戦士ガンダム』(1979年)の制作進行担当をスタートに、これまで数々のアニメヒット作をプロデュースしてきたキャリアの持ち主だ。その経歴もサンライズ、A-1Pictures社長、アニプレックス社長・会長、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)常勤顧問と華やかで、また、今年100周年となる日本のアニメ産業を記念したプロジェクト「アニメNEXT100プロジェクト」の前身100周年推進会議では座長を務めるなど、まさに日本アニメ業界の逸材といえる。植田氏は取材に対し、「次のアニメ100周年に向けて、中国の方々と一緒に作品をつくりたい」と語った。

制作進行の現場からスタート

—— アニメ業界に入られたきっかけは何ですか。これまでの40年間で最もうれしかったこと、苦しかったことは何ですか。

植田 この業界に入ったきっかけは、全くの偶然です。アニメという職業を自分が選択するとは思っていませんでした。私は映画が好きだったので、日本大学芸術学部映画学科という、映画を専門に勉強する学校を卒業しました。その映画学科の求人広告に「日本サンライズ」という会社の制作進行募集というのがあって、何気なく面接を受け、その会社に入りました。ですから、全くの偶然なんです。

これまで楽しいことも苦しいこともいっぱいありましたが、最初に担当した『機動戦士ガンダム』の劇場版の大ヒットが自分にとっては一番うれしいことでした。

苦しいことはあり過ぎますが、できるだけ忘れたいですね(笑)。作品が当たらないこともそうですが、やはりスタッフの苦労がなかなか報われないときは辛いし、頑張ったけれども結果が出なかった作品に関しては、ちょっと残念です。

—— 『ガンダム』の制作進行で最も心に残っているエピソードは何ですか。

植田 『機動戦士ガンダム』のテレビシリーズは、本来1年間やるものを途中で打ち切りになりました。低視聴率と、スポンサーのおもちゃの売れ行きがあまりよくなかったことが理由で、1年未満で打ち切りが決まりました。ただ、現場で一番苦労する制作進行という仕事をしていた我々は、むしろ番組が終わることを喜んでしまったんです。その姿を見て、富野(由悠季)監督が、すごく悲しそうな顔をしていました。このエピソードは自分たちにとってすごく象徴的な出来事でした。

ところが、打ち切りが決まった後にすごく人気が上がってきて、もう1回続けられないかという話になりました。しかし、さすがに時間がかなり押し詰まっていて、次の作品も準備していたので、そのまま打ち切りになって、その後は劇場版『ガンダム』につなげるというような流れになりました。

 

ストーリー、キャラクター、メカニック、世界設定

—— 『ガンダム』は中国を含め世界中で大人気ですが、長期的に人気を保つ秘訣は何ですか。

植田 やはり最初の『ガンダム』の持っていた作品としてのストーリー、キャラクター、メカニック、世界設定――その4つの要素がすごく魅力的だったということと、作品として完成度が高かったということだと思います。この4つの基本要素が、お客さんにとっては新しく、なおかつ面白い話が展開できたんだろうと思います。

それがまずあって、最初の『ガンダム』が終わって、劇場版があって、その7年後に『Z(ゼータ)ガンダム』という新しい『ガンダム』シリーズが始まるんです。

これは最初にヒットした『ガンダム』の7年後の世界を描いたものですが、これが、アニメで初めて、時間が経過したリアリティのある設定になりました。『Zガンダム』がスタートしたことによって、『ガンダム』は1つの作品だけではなくて、歴史的に連綿と続く1つの「サーガ(物語)」なんだということになったんです。

「ガンダム・サーガ」が7年後にスタートして、それと同時に、「ロボット」ではなく「モビルスーツ」という、『ガンダム』の世界の中で最も大事なコンセプトのプラモデルが、非常にバリエーション多く展開しました。そのことで、メカニックファンやプラモデルファンから熱狂的な支持を得ました。

こうしたことが合わさって、歴史的につながってきています。これは多分、世界的にもほかに例がないんじゃないでしょうか。そういうオンリーワンというのが、今でも人気が続いている理由じゃないかと思います。

—— 日本の場合、老舗とか職人という言葉があり、尊ばれていますが、『ガンダム』の長い大ヒットにも、そうした精神性が関係しているのでしょうか。

植田 プロフェッショナルという意味での技というのは、それぞれのクリエイターが持っているものがあって、それがいい形で作品に出ていると思います。それをうまくまとめたのが富野監督です。すべての職人というか、プロフェッショナルの力を総合的に一つの映像にした、すごくいい例だと思います。

 

日本のアニメの将来は

—— 今年は日本のアニメ100周年で、「アニメNEXT100」プロジェクトの前身100周年推進会議では座長を務められましたが、日本のアニメの将来については、楽観的な見方も、少し悲観的な見方もあるようです。

植田 これはどちらの面もあると思うんです。楽観的に見ている方は、やっぱり自分たちや自分たちの業界の持っているものを信じていると思いますし、悲観的な方々は、そうは言っても現実的にはなかなか変わらないという部分で、すごく未来に対して不安を持っていると思います。

正直、これはどちらも正解だと思います。ただ、だからといって悲観的になり過ぎず、かといって楽観的にもなり過ぎず、まずは冷静に今の業界を見ることが大事だと思うんです。

今年は特に日本のアニメが公開されて100年目ということで、いろんなことをもう一度冷静に見た方がいいと思っています。作り手である制作サイド、送り手であるメディアの方々、それから行政の関連部門の方々も含め、受け手であるお客さんも、それぞれがアニメーションの100年目というのをどう捉えて、どう未来に向かっていくべきかということについて、様々な角度から話し合いができればいいなと思っています。

—— 今年から『植田益朗のアニメ!マスマスホガラカ』の配信がスタートしましたが、ご自身にとってアニメとは何ですか。

植田 アニメが生活の中の一部としてすごく大事にされている時代に入ってきて、若い人たちはアニメを自分たちの日々の潤いとしている部分があります。やはり、そうした部分でこれからもっともっと重要性は増してくると思います。

ですので、うまい形でそうした情報の良い面も悪い面も番組の中で取り上げて、さまざまなクリエイターの方といろんな話をしていきたい。聞いているリスナーの方にも自分の問題としてとらえていただいて、次のアニメに対して期待もしてもらいたいし、もし業界を志望している人がいれば、入ってきてほしいという思いで、自身のメディアとして、『マスマスホガラカ』という番組をスタートさせてもらいました。もちろん中国の方も視聴できます。

中日の友好と未来に向けて

—— 中国では日本の漫画・アニメがとても人気で、ビジネスとしても注目されています。中日アニメビジネスの必要性や重要性についてどうお考えですか。

植田 できるだけ多くの人に作品を楽しんでもらうという意味では、やはりお隣の中国の方々と同じ作品で盛り上がったり、楽しんでもらえるのはすごくうれしいことです。

アニメーションというものが、お互いの友好に寄与し、未来に向かって役立つことを願っています。そうしたことのためにも、今度は一緒にアニメをつくるとか、ビジネスを展開することは大事だと思います。

—— 具体的に展開しようとしている企画はありますか。

植田 それはちょっと内緒の話で……(笑)。できれば『ガンダム』のように、何十年も愛され続けるような作品を、アジアの中で、とりわけ日本と中国とでつくられるようになれば、素晴らしいことだと思います。

—— 中国のアニメファンに向けてメッセージをいただけますか。

植田 植田益朗でございます。たくさんのアニメをつくってきました。これからもまだまだアニメにかかわっていきますので、ぜひよろしくお願いします。日本のアニメ、これから次の100年に向けて、多くの方々と手を携えて、新しいアニメの時代に向かっていくと思いますので、中国の方々とぜひご一緒して、何か作品がつくれますように、そしてまた日本の作品をこれからもぜひ期待して楽しんでいただければと思っています。今日は本当にありがとうございました。謝謝!

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
 
 
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