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「人生をリセットして再び栄光を掴む」
黄 実 在日華人芸術家
2015/01/21 16:48:47  文/蒋豊
 
 

16歳で映画デビュー、中国大陸で一世を風靡した36話連続テレビドラマ『紅楼夢』で賈薔と馮紫英を演じ、鄭暁龍、馮小剛、趙宝剛が初めて監督を務めたテレビドラマ『怯懦の誓言』では主演男優を務めた。また、東方歌舞団、中央民族歌舞団の青年舞踊家、北京アジア大会開幕式チーフプロデューサー、ソロ舞踊家、第4回中国百名スター(歌手トップ100)、宋代の著名な詩人・書道家である黄庭堅の第32代直系……。

日本に来るまで、黄実は中国で目もくらむほどの名声を誇る人物であった。想像もできないが、初めて日本に来た時、彼は語学学校の一学生であり、成田山のもとで交通誘導員をし、東京ディズニーランドでダンサーをしていた。 自失、彷徨、困惑、黄実は日本での新たな人生の舞台で、苦難に満ちた転身を開始した。

34年の風雪を経て、彼は再び成功を勝ち取り、現在いくつもの職責を担う。世界舞踊藝術家協会主席、国際文化交流協会会長、WDC世界舞踏総会評審員、内閣府総理大臣認証NPO法人国際文化交流機構理事長、一般社団法人日中交流協会会長、アジア未来環境創造機構副会長、中国社会経済文化交流協会日本首席代表……。

「過去を捨てれば未来は開け、すべてをリセットすれば希望が見えてきます」と、自身の過去を振り返るように黄実は語った。

 
安倍晋三総理(左)と親交を深める黄実

外の世界はやるせない

80年代終わりから90年代初め、あらゆる分野が様々なルートを使い、繰り返し中国の“先進分子”に手招きをし、多くの人が「外の世界は素晴らしい」と言って続々と出国していった。黄実もその一人だった。

「1990年10月5日、この日は一生忘れません。この日、日本の土を踏み第2の人生をスタートしました。そして、この日、外の世界はやるせないものなのだと知りました」。空港を出て千葉県内に向かう道中、目に飛び込んでくるのは、小さな家々と狭い路地ばかりで、中国の農村と変わりなかった。車を降りると、通りで男が小便をしていた。

「これが伝説の資本主義社会なのか?! 中国で自分は何度も、日本の華やかな世界にどうやって抗おうかと考えてきたが、その必要はないようだ」。彼は失望し、美しい想像は一瞬にして打ち砕かれた。

語学学校に入ると、留学生たちは余裕のない中、勉強とアルバイトに没頭し、祖国から来たスターを気にする者などいなかった。ちやほやされる感覚もなく、学費や生活費も工面しなくてはならない。日本語のできない黄実は、最終的にダンスなどの「ボディーランゲージ」に頼り、ディズニーランドで、しゃべらなくてすむダンサーのバイトをした。

少しでも多く稼ぐため、大晦日の夜、観光地として有名な成田山で交通誘導員もした。身を切られるような寒さの中、ピカピカ光るベストを着て、プラスチックの棒を持ち、冷たい風は骨まで浸みた。寂しく寒い山麓にぽつんと立ち、男性ソロダンサーとして中国で初めて首都体育館で踊った時、花に囲まれ、歓声に包まれたシーンを思い出すと、つらく悲しい思いで一杯になった。

しかし、彼はここで初めて日本の文化に身近に触れた。成田山にお参りに来る人たちは、音をたてるでも騒ぐでもなく、静かにやって来て静かに帰って行く。黙々と進み拝礼する様子は、彼らの信仰心のあつさを感じさせた。

「中国人は賑やかで盛大でなければ尊敬の念を表せないと考えがちですが、日本人は形式にはこだわりません。それよりも心を大切にします。あの寒い夜、私は物寂しさの中でこれまでにない経験をし、思考に大きな変化が起きました。献花や拍手で何が表現できるというのか。どんな状況においても、信念さえ貫けば人生の価値を見出すことができるのだ。無名を恐れることなどないのだと」。黄実は一気に迷いや疑いから解き放たれた。

 
王毅外交部長(左)と親交を深める黄実

再出発で、さらなる事業を切り開く

東京ディズニーランドには、ジャズダンスを主として、日本人とアメリカ人の100名以上の出演者がいる。確かな基礎的技能と弛まぬ努力によって、黄実はすぐに頭角を現し、ダンスチームが認める“黄マスター”となった。さらに、彼が創作・指導したパ・ド・トロア(三人一組の踊り)は、第24回全国舞踊コンクールモダンダンスの部で優勝した。それから半年もしないうちに、彼は春華秋実芸術団を立ち上げた。団はわずか数人から150人余りにまで発展し、団員は中国、日本、韓国、アメリカ人で構成されていた。

一流芸術家は再び過去の自信と姿を取り戻し、黄実の魅力的なダンスは日本の観衆を次々と引きつけた。1992年には、彼のファンたちによって後援会ができ、黄実の率いる春華秋実芸術団は、銀座のヤマハホールで初めての個人コンサートを開催し大成功を収めた。この時から黄実は映画・テレビ界からも大きく注目されるようになり、日本では『新宿鮫』、『北京原人Who are you?』、『大地の子』、『華麗なるスパイ』、『十津川警部シリーズ』、『男装の麗人』、『流転の王妃・最後の皇弟』などに相次ぎ出演。さらに、中国では現在撮影中の50話の大型連続テレビドラマ『東方戦場』など多くの作品がある。2009年には、日本でさらに、ジャッキー・チェン、ファン・ビンビン主演の最新映画『新宿インシデント』や中国映画『鉄血壮士』、『巾?大将軍』、『撃墜』などにも出演し、瞬く間に中日両国で人気スターになった。

ところが、どん底の状態から抜け出した黄実は更なる高みを目指した。「舞台で踊るのもスクリーンで演じるのもいいでしょう。しかし、それは個人の表現に過ぎず、限界があります。多くの人を巻き込んで、国際文化交流に貢献できたとしたら、より有意義で、ダンサーや役者ではまったく味わえないものになるでしょう」。

2007年10月28日、中日国交正常化35周年を記念して、黄実及び国際文化交流機構は、中日文化体育交流年『日中の魂の響き』と題する大型コンサートを企画・開催。08年5月31日、第1回『芸術による中日の歴史・文化理解』文芸展覧会を企画。09年5月31日、「黄砂災害防止のための植林支援-緑の地球に捧げる賛歌」をテーマに、中日韓芸術祭『春の声チャリティーコンサート』を東京で公演。11年、3.11東日本大震災発生後、復興支援のために何度も被災地の慰問興行に赴くとともに、『中日の魂の響き』コンサートを企画など。

現在、彼はアジア未来環境創造機構の副会長も務める。当機構は、鳩山由紀夫元総理が名誉会長を、高邑勉元衆議院議員が会長を務め、中日両国の環境分野での協力を大きく推進している。さらに、スポーツ平和交流協会の理事として、理事長のアントニオ猪木参議院議員とともに、両国の距離を縮めるため、スポーツ交流を推進している。

 

日本の「皇叔」にダンスを教える

黄実の支援者の中には、日本の政財界の重鎮が多くいる。彼は「皇叔」である三笠宮親王のダンス教師でもある。黄実は語る。「日本の皇室や親王は決して人々が思うような遠い存在ではありません。三笠宮親王は皇室の中でも最高位、最も徳が高く人望を集める「長老」的存在ですが、10数年来のお付き合いの中で、常に笑顔を絶やさず、硬い表情を見たことはありません。親王は背は高くはありませんが、踊り始めると燕のように軽やかで、紳士の風格があります。夫人もやさしい方です」。

三笠宮親王は国際親善活動にも熱心で、いつも黄実を招待する。あらゆる場面で戦争に反対し平和を呼びかけている。親王が病に伏した時、宮内庁は黄実に特別に励ましの手紙を依頼し、彼は真心から「殿下がお元気に踊る姿をまた拝見したいです」等としたためた。親王は健康を回復するとすぐに、再び国際親善活動に取り組まれた。

安倍晋三総理の昭恵夫人は、度々日本のマスコミから「家庭内野党」と揶揄されるが、実際はとても謙虚で庶民的な人だと黄実は話す。彼が東京で中日友好のチャリティーイベントを行った際、昭恵夫人に直接電話をして参加をお願いしたことがあった。事前に日程を知らせていなかったため、多忙な昭恵夫人は参加されないだろうと思っていたところ、二つ返事で気持ち良く受けて下さった。場所を訪ねて車を用意しようとすると、昭恵夫人は「その必要はありません。自分で参りますから」と言って、自らタクシーで会場へ駆けつけプログラムを鑑賞した。送迎もなく随員もいない。黄実は大いに感動した。

「親王も総理夫人も庶民も、日本人も中国人も、平和を求め芸術を愛しています。こうした共通点を見つけていけば、更なる協力のための基盤を築くことができます」。現在、彼はまさに文化交流事業を軸に、より多くの中日の企業がエネルギー、環境保護などの新たな協力分野を開拓できるようサポートしている。

最後に、黄実は自身の日本での25年の道のりを振り返り、感慨深く話した。「運命が人を絶頂からどん底へと突き落すのは、更なる高みを目指せと教えてくれているのかもしれません」。

 
  情報元:人民日報海外版日本月刊  
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